序章 自由をどのように手に入れていったのか。

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

こんにちは。MASAHIROです。

このMASAHIROの物語では、僕がどのように

”普通の大学生から多くの起業家を育てて、中小企業の社長さんから
経営相談や人生相談に毎日乗るようなコンサルタントになった”

のかについて話をしていこうと思います。

僕がビジネスを自分でしようと思ったのは、”ある事件”をきっかけに副収入を作らないと
非常に厳しい生活が待っているということに気付いたことがきっかけでした。

”ある事件”については「第一章 逆境からの下剋上の誓い」
の章でお話しするのでここでは割愛させてもらいます。

そこで僕は副収入を得る手段を探していました。

しかも、僕がひとりだけ稼げる手段ではなく、できれば家族に
実行してもらえる手段である必要がありました。

今となっては多くの人にビジネスを覚えてもらって、
自由になって、世の中を良くする仕事をしてほしいという思いを持っていますが
始めたきっかけなんて「将来が不安だから稼ぐ手段が欲しい!」という
”ありきたりな目的”で始めています。

僕は本屋さんで副業の本を探しにいきました。

そこで、見つかったのが株・為替・インターネットビジネスでした。

最初に始めたのが株でした。

親が株やっていたということもあり、家に本もあったので自己流で
勉強して始めて見るものの、そもそも資金が10万円程度しか当時
はなく選べる銘柄も少ないことに気づいたのです。

また、裁量トレードでの取引は思っていた以上に時間が拘束されて
大学の授業に遅刻するということが増えてきてしまいました。

これではいけないと思い、探していたときに見つかったのがFX自動売買です。
株よりもFXのほうがMetatrader4という最高のプラットフォームが

あるおかげで自動売買が世界的にも非常に発達しています。
海外EAも今では日本にいるおかげでちょっと英語がわかれば

手に入れることもできますからね。

しかし、そんな自動売買も実際に日本で発売されているものは
クソみたいなものばかりです。

98%の自動売買はカーブフィッティングしているか、完全に成績を
偽造しているかの商材ばかりです。

投資は自己責任というのを隠れ蓑に悪質な販売者はユーザーを
新規で集めては販売するというのを永遠に繰り返しているのです。

このFXの市場は常に継続して新規参入者がいるので、
被害者が拡大していく一方なんですね。

僕も始めて利用した自動売買は散々でした。

数多くのシステムの中から成績が出ているものを選べるという
システムが無料で使えるというものだったのですが、結果は散々です。

20万円の資金は3日で半分になりましたね。

それで、やっぱり自動売買は自分でプログラミングが出来るよう
にならなきゃダメだなと思い、EAのプログラミングの本を
買ってみますが、さっぱりわからない。笑

ずっと文系だった僕には完全に呪文に見えました。

そこで自動売買の作り方を教えてもらうために師匠を探しました。

その時に出会った”師匠”がいます。
(師匠については「第二章 年収1億円を超えるメンターとの出会い」で詳しく説明します。)

師匠に自動売買のイロハを教えてもらい、市販の自動売買(EA)
でもポートフォリオを組めば、月利3%くらいなら勝てるということがわかってきました。

良いEAの見つけ方もわかりました。

しかし、問題は運用資金です。

大学生だった私が自動売買の運用資金を確保するためには別の収入源が必要でした。

そこで始めたのがインターネットを使ったビジネスです。

ビジネスというと背水の陣で借金をして挑まなければならない

と勘違いしている人が多いですが、今はインターネットを使えば資金は、ほとんどいりません。

パソコンとネット環境があれば十分始めることができます。

特に僕が参入したアフィリエイトというビジネスモデルは在庫も
抱えないのでリスクがほとんどないと言っても過言ではないでしょう。

必要なのは自分の努力と時間だけです。

世間一般ではアフィリエイトというと月数千円しか稼げない
”お小遣い稼ぎ”という印象が強いようですが、大きな誤解です。

アフィリエイトだけで十分サラリーマンの給料以上に
稼いでいる人なんてゴロゴロいます。

本当に数えきれないくらい会ってきました。

僕が会ってきた人のなかでアフィリエイトで月2000万円の
収益を上げているという人もいました。

また、アフィリエイトというと詐欺的な印象を持っている人
も多いみたいですが、それも勘違いです。

インターネットを使った広告代理店みたいなものなので、
まともなビジネスですからね。

確かに、詐欺的な商材を自分もよくわからないまま売り込んでいる
意味のわからない人もいますが、そういう人は間違いなく短命で消えています。

僕が推奨するアフィリエイトはしっかり自分自身が実力をつけて
圧倒的な価値を生みだし、その対価として感謝されながらお金をいただく情報発信です。

また、情報発信も仕組み化が可能なので資産となるコンテンツを作れば
自動で感謝されて、自動で売上が発生する仕組みを作ることもできます。

情報発信についてもかなり勉強したので、色々書きたいことはあるんですが、
ここに書くとキリがなくなるので詳しくはまた別の機会にまとめていきたいと思います。

そして、次に始めたのが「物販ビジネス」でした。

物販は、投資として考えれば月利30%で積み上がっていくので、
かなり効率がいいです。

アフィリエイトも経験して思うことですが、
明らかに再現性が高くて、多くのスキルを要求されないので
成功確率が高いモデルだなと感じます。
(他の副業は全部ダメでも物販なら成功できたという人も多いので・・・)

さて、少し長くなってしまったので、
「僕が自由をどのように手に入れたのか」を簡単にまとめると・・・

ステップ1 インターネットを使ったビジネスで資金調達

ステップ2 ビジネスを仕組み化して自動収益化

ステップ3 自分の理想のライフスタイルを追求し、仲間と一緒に成長し続けている現在。

という流れになります。

今は、より質の高い人生を歩むための方法を模索しながら、
数多くのクライアントの方と一緒に成長させてもらっています。

副業から独立したいという方には、「物販」に取り組んで
もらうのがもっとも成果がでやすいので教えていますが、
あくまで会社を辞めるための手段として取り組んでもらえばいいかなと思います。
(時給2万円くらいはすぐに超えるので、アルバイトするくらいなら物販を覚えた方がいいですね。)

ビジネスを教えて独立まで導いたクライアントは数え切れないくらいいますので、
もし、どういう成功ルートがあるのかが気になる人は以下のページにクライアント
との対談音声を数多く掲載しているので、確認してみてください。

受講者の声

個人で何もない状態から1~2年で、年商1億円(利益 3000~5000万円)
くらいの会社は、誰でも作れますし、その収入を元手に自分の心から
世の中のために貢献したいと思えることに取り組んで欲しいと思っています。
(今は、そういった理想の世界を一緒に作ろう!と支え合える仲間もできて、
理想の世界の実現に向けて歩み始めることができています。)

今の世界は本当に色々な闇を抱えています。

・食の安全性
・原子力発電所の事故
・政治とお金
・マスコミの情報操作
・資本主義の限界
・医療業界の闇

と深刻な問題点だらけです。

普通に生活してたら感性が鈍るし、健康被害でるし、
それなのに、誰もそんな現実に危機意識を持っていないという
残念な状態です。

今の延長線上で言えば、人類は滅亡する流れに乗っています。
(これは歴史を振り返り、今の世界がどういう人たちが
支配しているのかを知れば一目瞭然です。)

昔はビジネスで成功することだけを考えて、
成功したら、自由気ままに海外旅行とかしながら遊ぼう
と思っていたときもありましたが、世の中を知れば知るほど
それどころではないということに気づかされました。

奪い合いの状態から、自然のあるべき姿(=循環)に
戻すためには一人一人がその事実に気づき、小さな循環の輪
を広げていくしかありません。

もしかしたら、このブログを読んでくれている人の中には
今の世界や日本が抱える闇について知らないひともいると思うので
ビジネスだけでなく、そういった世界情勢も含めて一緒に学んで
いければと思います。
(僕もまだまだ勉強不足なので、これからも勉強を続けます。)

このブログでは、そういった今まで学んで実践してきたことを
一つずつ伝えていきたいと思います。

自分が満たされて、家族を満たして、お客さんを満たして、
その光の輪を広げていく。

そういった人が一人でも増えるだけで、世界はどんなに
良くなるんだろうかと心から楽しんで活動できています。

まだまだ、僕の物語は始まったばかりですが、突っ走っていきたいと思います。

次章では、大学生時代に直面した逆境について話していきますね。

第一章・・・逆境からの下剋上の誓い

第七章 羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

小田さんの経営者向けセミナーでゲスト講師
として登場したのが、羽賀ヒカルさんです。

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経営に必要なのはエネルギーを如何(いか)に扱うかであり、そのエネルギーを古来、
中国では運(うん)のエネルギーと言っていました。

運命学という漢字の中に含まれる「運(うん)」という字は
「軍(ぐん)」をいう漢字が含まれていることからも象徴していますが、
戦闘で利用されてきました。

「あそこの将軍はこういう星を持っているから、こちらのA将軍が相性が良い」

「あそこの武将はもうじき、天中殺に入りそうだから、失脚するだろう。」

等を生年月日等で調べて運命学的な観点で、戦略を決めていっていたそうです。

そして、そんな運命学を極めた師匠に弟子入りして、
高校生の頃から学び続けてきたのが羽賀ヒカルさんです。

僕がここで一番人生を変えたのは、3つの開運条件でした。

昔から運命学では、

「天の時、地の利、人の和」

が大事であると言われてきました。

その中でも、重要な順番で言えば、

1、人の和・・・どんな人間関係の中にいるか?
2、地の利・・・どんな土地、住環境の中にいるか?
3、天の時・・・どんな時代の流れの中にいるか

になります。

人の和がもっとも大事な理由としては、どんな良い時代に、どんなに地理的条件の良いところに、どんなに立派な城を構えていたとしても、身内に裏切り者がいたら一国は一瞬にして崩壊するからです。

だからこそ、何よりも”人の和”を大事にすることが重要だということです。

そして、開運するための条件として、一番最初に果たすべきことが、

”親離れ”

による自立です。(とくに親の影響を受けやすい生年月日というのが存在します。)

これは、

・経済的自立
・精神的自立

の二つを達成することが大事です。

良くある開運できていないパターンとしては、

「親への情が厚く、必要以上に面倒を見てしまう。」

「親への依存心が強く、ニートになっている。」

のどちらかです。

また、実家にいると過去の自分を思い出すものが、たくさんスイッチとして
存在しているので、引き戻し現象に合いやすく成長の妨げになりやすいようです。

僕の場合は、起業してからは、
あまり親の言うことを聞かない子どもではありましたが、
やはり何か新しいことを始めようとしたときに、
ブレーキになるような気がしていました。

そこでいつか一人暮らしをしようと決めていたこともあり、
さっそく、この話しを聞いた次の月には引越しすることにしました。

そのときに引越し先として決めたのが、小田さんや羽賀さんもいる楠葉という町です。
(今では経営者がたくさん集まっていて、新規事業もたくさん立ち上げられていて、
すごく面白いことになっています。)

実際に一人暮らしをしてみるとわかるのですが、
行動の軽さというか一日の時間は濃密さが全然違います。

・引越しするときに、モノをたくさん捨てた
・不要な人間関係も切った
・食生活を自然食品だけの生活にした
・事務所をパワースポット化した

といろいろと改善したポイントが多すぎて一概に一人暮らしだけが
原因かはわからないのですが、一人暮らしをしているからこそ、
ライフスタイルを自由に変えることができたということは事実です。

「何かライフスタイルを変えよう!」と思っていても、
家族の目が気になったり、家族に何か言われるのが気になった
腰が重くなっているひとは多いです。

これはビジネスでも一緒で、いざ副業を始めようとしたときに
何も知らない家族が「絶対上手くいかないよ。」とネガティブなこと
を言って止めてきたりします。

そういった声を気にし続けていたら、いつまでたっても
人生変えることはできないです。

そして、

”人の和”

として大事なのは、家族だけではなく、恋人、パートナー、友達、
社員、スタッフ、ビジネスパートナーと全て一緒です。

自分が濃く関わるひとほど、無意識の影響を受けています。

「自分と良く飲みにいくメンバーの平均年収が自分の年収。」

ということは良く言われていますが、あながち間違っていないのです。

価値観の影響を少なからずうけますし、自分が信頼しているひとほど
影響は受けやすいと言えます。

そして、次に大事なのは”地の利”です。

これは現代でいえば、どういった町、住環境に住んでいるのか?

ということです。

町の雰囲気が重かったり、古びて暗く冷たい住環境に
住んでいれば心も重くなります。
(明るく、軽く、温かい町や住環境に住めば、心も同じように明るく、軽く、温かくなります。)

そして最後に天のときです。

どれだけ一致団結した仲間がいて、地の利が有利に働いていても、
天候による変化があるように、タイミングを外してはいけません。

今は攻めるタイミングか、地盤を固めるタイミングかを
見極めることが大切です。

自分で会社を経営しつつ、仲間の経営者からも様々なことを学び、
クライアントにビジネスを教えている中で数百人以上の経営者と話して
きましたが、やはり、人生の大きな流れというものがあるなというのは
感じます。

今まで全然上手くいかなったのに、仕事の依頼が続出するようになったり、
運命的なご縁が紡がれて、良いビジネスパートナーに出会えたりと、
本当に信じられないことが、数多く起こるタイミングというのが存在します。

それを運命学では、生年月日や手相から紐解くこともできるのですが、
ここでは割愛させてもらいますね。

羽賀さんは、北極流のライフスタイルを広めていて、
運命学だけでなく、

・食生活
・住環境
・健康
・世の中の光と闇
・精神世界と現実世界
・働き方

について、非常に詳しいので、楠葉に引越してからも
多くを教えてもらいました。(今でも、いろいろと学んでいます。)

また、THE FLOW(ザ・フロー)という企画を共同ですることになり、

「人生の流れを読み、流れに乗り、流れを作る」

というテーマで生き方とビジネスを学ぶ講座をさせてもらいました。

参加者から継続して学びたいという声も多かったため、THE FLOW(第二期)
も現在開催中です。

人生の流れを変えるとは、どういうことか?

というのがわかりにくいと思うので、受講者との対談音声のページで
感想をもらっていますので、参考にされてください。

ビジネスだけを考えることが、いかに人生全般として見たときに
ズレていくのかということがわかるかと思います。

受講者の声

THE FLOWに参加してくださる方は、

「自分一人が成功できて楽ができたらいいのではなく、
世のため・人のために何か貢献できる仕事がしたい。」

という熱いひとばかりです。

それに、もっと成長したいという求道心を持ちながら、
その力を日本や世界が良くなるために使っていきたい!

と考える仲間がTHE FLOWには、たくさんいます。

困ったときにはお互い助け合い、ともに切磋琢磨し合う
関係性だからこそ全力で頑張れます。

会社を立ち上げて5年になりますが、5年前には全く想像つかない今があります。

一応、5年後の目標等もざっくりとは立てていますが、
もはや今から5年後に何をしているのかは全く想像つきません。

ただ、5年前に今の景色は全く見えていなかったので、
5年後には全く違う景色を見ていて、全く違う目標を持って
生きているんだろうと思います。

それでは、長文になりましたが、最後まで読んでいただき
ありがとうございました。

これからも人生をゲームのように楽しんで生きていきます。

■追伸
僕のメルマガでは、ブログではオープンでは書きづらい
裏話、失敗談、具体的な成功事例等を執筆しています。

ここまで読んでもらって、もっと詳しく生き方×ビジネスを
深く学びたいという方は、以下から登録しておいてください。

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第六章 小田真嘉さん(経営コンサルタント)との出会い

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

 

「今いるところは、経営者として(人として)
のスタート地点に過ぎない。」

そう気づかせてくれたのが、
経営コンサルタント小田真嘉さんでした。

odaprof

人と組織の「進化(本質的な成長)」をテーマに
400年以上続く老舗企業上場企業の経営幹部
各界のプロフェッショナルや作家などの
「リーダーの相談役」として活動している方です。

小田さんと初めて会ったのは、2015年ですが、
当時、多種多様なインターネットビジネスを経験してきて、
コミュニティのメンバーと一緒に経営者としての次のステージへと
進みたいと思い活動していました。

物販ビジネス事業も軌道に乗せ、情報発信を通じて、
多くの方にビジネスを伝えて、自由を手にしたメンバーも増え、
コミュニティが大きくなる中で、ずっと考え続けていたのものがあります。

それは・・・

”僕が運営しているコミュニティのメンバーに
とって次に学ぶべきものは何だろうか?”

というものです。

その何かしらの答えを小田さんは知っているん
じゃないかなという直観はあったので、
学ばせてもらうことにしました。

”コミュニティのメンバーにとって次にどういう道を示せばいいか?”
を考え続けているというのは今でも変わりません。

何故なら、ここに僕が進むべき答えもあると思っているからです。

良くあるモデルケースは、

・物販ビジネスの規模の拡大(スタッフ、アルバイト雇用)
・メーカー、卸、販売代理店等になって、物販ビジネスを次のステージに進める
・情報発信ビジネスの規模の拡大(書籍出版、メディア露出、広告出稿。)

等が鉄板コースというか、多くの経営者がやっているビジネスの
発展の方法ですが、正直、どれもピンと来ませんでした。
心からやりたい!と思えなかったのです。)

実際にはどれも、ちょっと取り組みかけようとしてみましたが
何かにブレーキを踏まれているような感覚がありました。

僕が求めていたのは、ただ、利潤を最大化させやすい
経営戦略ではないことは明らかでした。
(もし、それが目的なら今あるビジネスにレバレッジをかければ
いいだけですし、他にも利益を上げやすいビジネスモデルは
数多く知っています。)

これはコミュニティメンバーでも同じような現象が起こっていました。

“燃え尽き症候群”

と呼んでいますが、ある一定の収入を得て、自由を手にした途端に、
エネルギーが切れたように突如やる気を失ってしまうという
現象です。

「何のために頑張ればいいか、わからなくなりました。」

と成長がストップしてしまうのです。
(今思えば、
「今のステージからは卒業しなさいよ。」
というメッセージだったのかなと思います。)

そして、2015~2016年の僕が求めていたのは、
規模の拡大ではなく、思考の抽象度を上げることでした。

もっと視野を広げるというか、インターネットビジネスの世界だけなく、
リアルビジネスの世界も含めて統合し、一つ上の次元の景色を見れるように
なることで、方向性を見定めようとしてきた2年間でした。

もっと言えば、

「ビジネスという枠組みだけでなく、人生を通じて何を成し遂げたいのか?
人類が抱える世界の問題点、課題も含めて勉強しなおす。」

という期間だったと言えます。

そこで見えてきたのは、あまりに大きすぎる課題でした。

・お金と銀行の闇「ロックフェラーとロスチャイルドの陰謀」
・医療業界の闇「抗生物質、抗がん剤の危険性、対処療法の限界」
・食品の品質低下「添加物、化学調味料、農薬、化学肥料、遺伝子組み換え等の人体への被害」
・電磁波の危険性「スマホ、電子レンジ、IHクッキングヒーター、リニア新幹線」
・経費毒の危険性「シャンプー、リンス、ボディソープ、石鹸が人体に及ぼす影響」
・マスコミが絶対に伝えないスポンサー企業の真実
・建築業界の闇「違法建築、シックハウス症候群」
・エネルギー問題「なぜ、原子力発電所はなくならないのか?」
・空気の汚染「日本人は、まともな空気をすえていない。」
・貧富の差の拡大と資本主義の限界
・大企業の脱税問題「パナマ文書の流出と税制の不公平の露見」
・不正選挙問題
・政治「アメリカ、多国籍企業の良いなりの日本」

と多くの深刻な問題を知りました。

そして、想像している以上に、これらの影響がライフスタイルに
自然と溶け込んでいて、無意識のうちに悪影響を受けていることを知りました。
(ちなみに、これらの害悪から意識的に身を守って生活するだけで、
感性がかなり鋭くなります。)

ただ、あまりに大きな問題すぎて、一人ではどうしようも
ないことも同時に理解できます。

だからこそ、これからの時代は自立した個人のチーム戦で
全員で力を合わせて、一致団結して取り組む必要があると
思っています。

個の実力を伸ばしつつ、チームで一致団結して闘う。

一人のずば抜けた才能ある個人ではなく、チーム力。

”信頼のおける仲間を作ること。”

これからの荒れ狂う時代を乗り越えていく
唯一の手段だと考えるので、今は、お互いの強みを活かしあいながらも、
成長し、困ったときに助け合える仲間を増やしていこうと活動をしています。

そして、その活動の拠点となっているのが、
北極流(ゆにわ流)の始まりの場所でもある大阪の楠葉の町でした。

第7章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

第一章 逆境からの下剋上の誓い

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

 

僕の父親はもともと塾講師をしていました。

しかし、母親が子育てで体調を崩したことや小売店を経営していた
祖父と祖母も高齢だったこともあって、安定したサラリーマンを
辞めて家族の面倒を見ながら仕事ができる自営業へと転職しました。

僕は、そうやって家族のために自分の人生を変えていった
父の行動は尊敬できます。

独立してから数十年は上手く運営することができていたみたいですが、
不況のあおりを受けて、お客さんもだんだんと減っていき、現状維持では

厳しい状況になっていきました。

そこで始めたのがネットオークションです。
当時は、ネットオークションへの参入数が少なく一気にブレイク、

収入は右肩上がりだったそうです。

そうはいっても、オークションバブルも2~3年で終わってしまい
ジリ貧状態になっていきます。

今の僕であれば、「もっとこうするべきだ」とかアドバイスできる知識は
山のようにあるのですが、当時の僕は大学1年生でビジネスのイロハも
何もわかってなかったため何もしてあげることはできませんでした。

良い仕入れ先がないと嘆いていた父をあの時の僕は無力に
救うことはできなかったのです。
(今の僕であれば、何とでも解決策は提示できたし、むしろ、
優秀なビジネスモデルに変貌させれたのですが・・・)

そして、次第に資金繰りが厳しくなり、仕入れ先のツケを
支払うこともできなくなりました。

住宅ローンもオーバーローンを組んだはずなのにスッカラカンです。

カードローンも借りれるところは全部借りてしまっていました。

そして、最後に残ったのは1000万円の借金です。

「ごめん。家を出ていかなあかんかもしらん。」

家族全員が耳を疑いました。。。

苦しいというのは前から聞いていたけど、そんな危機的な状況
になっているなんて誰も知らなかったのです。

父はあまり不安や不満を口に出しません。

いつも冷静でどちらかというと感情が表にでないタイプなんです。

なので、家族はみんな「なんとかなるやろ~」と思っていました。

そんな家族に心配をかけたくないという思いもあり、
こっそりとカードローンに手を出したんだと思います。

姉と僕はアルバイトもしていましたが、「お金を出してくれ」
と頼まれたこともありませんでした。

祖父と祖母と家族4人の生活を一人で何十年の支えてきた
父は本当にすごいと思っています。

照れくさいので直接、本人には言えないですが、全力でいつでも応援しています。

それは家族も皆わかっているので、一時期は危機的な状況に
なるまで黙っていた父を攻めたときもありましたが、
すぐに家族で一致団結して解決策を模索しました。

債務処理についての模索、祖母の生活面の工面、副収入構築の模索。

ありとあらゆる手段を探しました。

なんとか家は差し押さえを免れて、借金を返済していく計画を
立てることができました。

一時的に、父と母は二人ともフリーターをしていましたが、
今は、僕の指導のもとインターネットを利用した物販ビジネス
を学び、自分たちだけで運営できるようになっています。

高齢なので、いつ体を壊して働けなくなるかわからないなか、
家で作業をしながら仕事ができる状態に、大変、感謝してくれています。

僕にとっては、この父の大きな借金が、
人生のターニングポイントなんだと思います。

1浪して国公立大学に入り、公務員の予備校に通ってサラリーマンで
安定した生活を手に入れるものだと思っていましたが、
現実は甘くありませんでした。

公務員の薄給では、自分の生活と奨学金の返済でやっとです。

父か母が働けなくなったときには、すぐに生活が困難になり、
再び家を出ていかないといけない状況になりかねません。

そうなると自分の生活費と父と母の生活費に、(将来的に持つであろう)
自分の家族の生活費が必要になります。

これだと固定給の公務員ではどうしようもありません。

将来に大きな不安を感じた僕は

「この逆境から必ず下剋上してやるという誓い」
を胸に刻んだのでした。

続く・・・

第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い

第五章 経営者としての新しい次元への誘い

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

 

進路に迷ったときは常に自分の成長する道を選ぶべき

この言葉を胸に新たな生活がスタートしました。

今は働いていたときにはできなかったことに思いっきり
集中して取り組んでいます。

1、経営者としての成長&学んだことを伝える活動

今までは自分でビジネスを軌道に乗せて、本当に心から喜びを
感じることができる相手とだけ仕事をさせてもらっているので
非常に有り難いなと思っています。

既に物販ビジネスのオンライン講座に参加してくれた生徒も
1000名を超えていて、半年間講座や対面コンサルで直接会って、
指導してきた方でも100名以上の方とは関わってきました。

最近では、中小企業の社長さんからのコンサルティング依頼も
有り難いことに増えてきていて、社長とスタッフの方を同時に
指導するということも多々あります。

僕の場合は、ただ、短期的な売上を伸ばすというより、
長期的に見たときの企業の繁栄・発展をするためのコミュニティ作り
を得意としているので、そういった依頼が増えているのかもしれません。

良い組織(チームワーク)を作り、良いサービスを作り、
末永く繁栄するコミュニティを作りのお手伝いをさせてもらうことが
楽しくて仕方ない

ということもあり、そういったコミュニティ作りの
お手伝いを長期にわたってさせてもらっています。

・ ビジネスの立ち上げ
・セールスレター&プロモーション
・コミュニティの運営方針
・中小企業の組織作り
・会社の成長戦略
・ネットマーケティングの戦略構築

等と熱い思いで仕事に取り組まれている方で、今、僕が知っている
技術・知惠・アイデア・人脈で解決するのであれば、
お手伝いさせてもらえればと思って、取り組んでいます。

資金も人脈もスキルも何もなくても経営者として独立から会社の
発展・繁栄。

すでに会社経営している人であれば経営改善から事業拡大について、
相談に乗ることも増えてきました。

また、これまで僕が関わってきた会社の相談事例としては、

・税理士、公認会計事務所の集客
・田舎の中古車ショップの売上アップ
・四柱推命の鑑定士の集客
・韓国語のオンラインスクールの経営方針
・元システムエンジニアのツール販売
・現役のFXトレーダーの講座運営
・飲食店のコミュニティ化と売上アップ
・建設会社のオンライン受注と収益アップ

と本当に色々な方の相談に乗っています。

「集客や売上アップや販売促進の方針」
悩み相談が多いのは事実ですが、
よく話しを聞いて掘り下げていくと、それ以外の箇所に問題点があることの方が大多数です。
(親子問題、パートナー問題、ライフスタイルの乱れ等です。)

僕の場合は、これまで多くの経営者のお世話になってきて、
アドバイスもたくさんもらって
今があると思っているので、仕事でたまたま一緒になった方の
集客の相談とかにも応じることがあるんですが、
本当にちょっとしたことで躓いている人が多いすぎです。

エネルギーをかける場所をミスっているせいで、
社長も社員も疲弊しているし、給料垂れ流しているような
状態になっていて、本当に勿体ないなと感じます。

僕自身がエネルギー効率を最大限高めることに関心が高いという
特性があるようで、自然とエネルギー漏れに目がいくのかもしれません。

また、教えることで僕自身の学びにもなるので、
「勉強⇒実践⇒教える」

という3つのステップをセットで行うようにしています。
(このブログもアウトプットの一つとして、まとめています。)

そうすることで自分自身がはっきりと理解しきれていないこと
が明確にわかりますし、自分が一度教えたことは忘れること
がありません。

2、憧れの自由なライフスタイルも1年で飽きる

自営業になり、自由を手にした頃は、
学生やサラリーマンのときにはできなかった平日に自由に
2週間以上の海外滞在等をして楽しんだこともありました。

年2~3回、平日の安いシーズンに旅行にいったり、
土日も次の日を気にせずに思いっきりアウトドアしたり
もやってみました。

タイ、マカオ、シンガポール、グアム、韓国とアジアは
何度も行きました。
(マレーシアのクアラルンプールには2週間滞在したこともありました。)

朝も寝たい時間まで寝て、昼寝するのも自由。
会社にいかないといけないと嫌々起きることもなく、
目が覚めたら活動を始めるという極めて動物らしい
生活をしていたときもあります。

特に気を遣う相手もいないので、毎日が夏休み状態になっていました。

あと、独立して気づいたのですが生活するための
お金ってほとんどいらないということです。

家でとインターネットがあれば、生活できるので、
外出するときの服も数種類あれば十分。

スーツ・革靴なども必要なくなりました。笑

となると必要最低限のお金は、せいぜい30万円くらいです。

事務所を借りているわけでもなく、家でパソコンがあれば
ビジネスも自由にできるので、経費もほとんどいりません。

セミナーや懇親会も自分で行くかどうか決めればいいだけなので、
固定費ではないんですよね。

起業というと破産とか多額の借金を背負ってしまったらどうしようと
心配するひともいますが、この固定費だとそんな可能性はゼロに等しい。

フリーターでも回せるレベルです。

しかし、

”こんな生活は1年もしていたらすぐに飽きます。”

しかも、何のリスクも責任もない生活は、人としての成長の妨げになります。

確かに、”海外旅行で新しい国を体験するのも、カジノで遊ぶのも、
クルーザーに乗ってビールを飲んで馬鹿騒ぎするのも、夜のクラブで遊ぶのも
その国の美味しい郷土料理を食べる”のもそのときは新鮮で楽しいです。

ただ、

”人生の目的を遊ぶことにする”

という考えはどうなんだろう?

という疑問は当然のように、湧くようになります。

仕事の時間を最小限にして、遊びの時間を最大限にしても
本当の幸せが訪れることがないんだなということは、
その一年で、悟りました。

そんなときに経営者としての進むべき道を示してくださったのが、
北極流(ゆにわ流)小田真嘉さん
との出会いでした。

僕自身もビジネスも投資はつねに勉強し続けていますので、
勉強したことはどんどんアウトプットしていきたいと思います。

次章では、僕が自立した経営者の歩むべき道について
気づきを得たときの話です。

第六章・・・経営コンサルタントの小田昌嘉さんとの出会い

 

第二章 年収1億円を超えるメンターとの出会い

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

 

家族の危機的な状況に気付いた僕は何とかこの逆境を
打破する手段を模索しました。

減らせる支出は全て減らしたので、あとは収入を
増やしていくしかありません。

それも安定して入ってくる収入の構築をしないといけないのです。

そして、序章でも述べた通り、MT4を使ったEAに目をつけました。
EAはプログラミング言語で作成されたFX自動売買です。

裁量トレードは実践するのにかなり時間がとられて、
その割に勝てないので、自分なりにルールを決めていくことにしました。

裁量トレードを勉強したひとはわかると思いますが、
以下のような記述がたくさんありますよね。

「ルールを明確に決めて、ロボットのように注文しろ!」

ということです。

ロボットのように注文するなら自動売買でよくない?

っていうシンプルな発想で興味を持ったのでした。
(現実はそんなにシンプルではなかったんですけどね。。。)

そして、裁量トレードの勉強は辞めて早速、自動売買の作り方を学び始めました。

簡易版のツールでEAを作れるサイトとかもありますが、
どうもプログラミングの知識がないと細かいロジックは
作れないということに気づきはじめます。

じゃ~プログラミング学べばいいじゃん!って思って買った本がこれです。

豊嶋 久道さんの「FXメタトレーダー入門」です。

しかし、プログラミングの基礎知識がある人には良書かもしれませんが、
プログラミングが全くわからない僕にとっては呪文みたいなものでした。

そうなるとEAを制作できる師匠がいるな!

と感じてメンターを探すことにしました。

色々なブログを見たり、mixiでEAに詳しい人を探しては

「EAの作り方教えてください!」とメッセージを送っていました。

今思えば礼儀知らずも良いところですね。笑

でも、その当時の僕にはそれくらいしか
思いつかなかったのです。

それでも、僕のメールに興味を持ってくれた人が
奇跡的にいたんですね。

メンターと始めてスカイプで話す時はドキドキしたのを覚えています。

しかし、FXで年収1億円以上稼いでいる専業トレーダーでEAも
併用して稼いでいると知った瞬間に確信しました。

行動すれば人生変わる!

一瞬でその人に弟子入りすることを決心しました。

よく考えればmixiで出会って、1回話した人を信じるなんて
危険かもしれませんが、幸い弟子入りするのに金銭は
要求されなかったので、信じてついていくことにしたのです。

メンターには以下のようなことを教えてもらいました。

1、世の中に出回っている98%は結果が出ないEAである
2、EAを作るには裁量トレードで勝てる技術を理解できないと難しい
3、市販で販売されているものでも、勝てるEAは存在する

ということです。

このことを知った僕が真っ先に注目したのは「3」です!笑

3、市販で販売されているものでも、勝てるEAは存在する

これを知った瞬間にEAを作るという大きな目標は吹っ飛びました。笑

自分でEAを作るには裁量トレードをマスターしてEAの
プログラミングを覚えないといけないので、1年以上は
勉強が必要になるでしょう。

そこまで勉強しても稼げるEAを作れる保証はありません。

であれば、まずは勝てるEAで無難に運用していきたい!
と素直に思いました。

そして、EAの検証方法・リスクマネジメント・ポートフォリオ理論

・確立統計論・トレード心理・ロジックの種類・通貨の相関関係等

を勉強し続けました。

ここら辺の用語の説明や使い方は長くなるので、
別の記事で解説していきますね。

EAの検証方法や運用方法は本気で勉強すれば3か月
あれば理解できるものでした。

もちろん、フォワードで回して初めて気づくことも多々あるのですが、
リスクマネジメントさえしっかりしていれば、ミスも検証のひとつとして
成長に繋がります。

特にナンピン・マーチンゲールのEAはメンターにも危険だと
教えてもらっていたのですが、どうしても自分で使って
みたくなるものですね。笑

あまりに勝率がいいので、メンターが間違っているんじゃないかな?

とさえ疑って回していましたが案の定破綻しました。苦笑

やっぱり師匠の言うことは素直に聞くものです。

色々と困難はありましたが、メンターの指導のおかげもあって、
無駄な詐欺商材を大量に買うこともなく、良質なEAを見つける
ことは容易になりました。

知識をつければつけるほど、とんでもないEAばかりが
販売されているという事実には驚きましたが・・・

EAを作るのって「裁量トレードの技術」×「プログラミングスキル」の
必要なのですが、販売者ってどちらか一方しかない人ばかりなんですね。

販売力があれば情報商材で中身が不透明なので知識のないひとには
売れてしまいます。

優秀な裁量トレーダーがプログラマーにEAの制作を依頼したら
作れるような気もするのですが、そう甘くありません。

裁量トレーダーはチャートの判断するポイントをプログラミング
言語で数値化するにはどうすればいいかをプログラマーに

伝えることが非常に困難だからです。

例えば、「今回のチャートでは103円にサポートラインが引けて、
精神的な節目になっているから、これをブレイクしたらエントリーだ。」

というルールを決めていたとします。

でも、これってEAのプログラミングでどう表記すればいいか
非常に難しいですよね?

今回はたまたま103円が節目だったので、103円で毎回「売り」で
入ればいいというわけではありません。

しかも、サポートラインやトレンドラインも人為的に引くものです。

これをプログラミングで的確に表現するのが非常に難しい。

でも、裁量トレードで勝っているひとは常識的に使っている手法です。
あとは変動ストップ、変動リミットと固定ストップ、
固定リミットについてです。

EAって基本的には固定ストップですよね?

30pipで損切り、50pipで損切りとかが多いです。

これはEAの場合、数値できっちり決める方が作りやすいからなんです。

でも、裁量トレーダーって変動ストップの
使うことが多いんですね。

だって、精神的な節目とか直近の最安値とかをサポート
とかレジスタンスを見て利確していくから。

ここら辺がmetatrader4を使ったEAの現時点の限界なんじゃ
ないかな~って思います。
(限界といっても中期的に平均月利3%くらいのEAなら
市販で販売されてますけどね!)

もちろん、プロのトレーダーが判断する思考回路を自動化
できるハイパーEAができれば別ですが。

こういう話をすると巷に販売されているコピートレードとかzuluTrade
とかの裁量トレーダーと同じシグナルでトレードするのはどうなの?

と疑問に思う人がいるので、書いておきますが、あれも最低2年以上は

フォワードで長期間の運用を任されて勝ち続けてないと厳しいです。

優秀な裁量トレーダーを引っ張ってきても上手くいかないのは、
メンタルが大きく影響しています。

もともと自分の資金で1000万円で運用していて結果を年利100%
出していたとしても、他の人の資金で1億円を運用しだしたら

負けるってよくあることなんですね。

そもそも、自分が扱ったことのないロット数を張るわけですし、
自分のお金じゃないとなるとプレッシャーがすごすぎてエントリー

・損切り・利確に迷いが出ます。

強靭なメンタルを持っているトレーダーじゃないと厳しいでしょう。

だからこそ、長期間でのフォワードの結果が重要なんですね。

Zulutradeのランキングとか見てもらえばわかりますが、
常に1~10位って入れ替わってますからね。

他にも知識として伝えたいことは山のようにありますが、
今回の話とは趣旨が変わってきますので、割愛させてもらいますね。

そんなこんなでEAの選定眼を身につけて運用を始めていきました。

勝てるEAの探し方はわかって次に出てきた課題が
運用資金が足りない!ということです。

資金の20%以下の最大ドローダウンでのリスクマネジメントを
考えると月利3%くらいにどうしてもなってくるのです。

100万円で運用しても月3万円です。
(しかも、永遠に勝ち続ける保証はありません。)

これだとちょっとさみしいですよね。

そこで始めたのがインターネットを利用したビジネスでした。

その中でも僕が取り組んだのは資金0から始めることが
できるアフィリエイトです。

最短で月10万円くらいなら2~3か月で知識0から始めても
稼げるようになるし、実際に今は50人以上に教えてきましたが、

ちゃんと実践してくれている人は例外なく生活できるレベルでは
収入を作ることができています。

さらに、自分のこれまで培ってきた経験をもとに教育ビジネスを開始して、
メルマガだけで月収2000万円を達成できています。

もともと、デザインスキル、動画制作の技術、FX・株などの相場がわかる人
・恋愛コンサルできる等、既に実績がある人はいきなりブログ・メルマガで
情報発信すれば年収1000万円くらいは誰でも達成できます。

FXでしか稼げないと思っていた自分が馬鹿らしくなりましたね。笑

物販情報発信アフィリエイトも突き詰めていけば、

”お客さんに価値をいかに提供するのか?”

に繋がります。

 

こういった本質的なビジネスの視点を僕は幸いにも多くの経営者に
直接、学ぶことができました。

かれこれ、10人以上は色々な経営者にお金を払って学んでいるん
じゃないかと思います。
(トータルで1000万円以上は勉強代に使っていますが、やはり、
教えてもらえる環境というのは費用対効果が抜群に高いです。)

それぞれの経営者で、やはり、強みと弱みがあり、
それらを統合して今のビジネスを構築できています。

誰か一人でも欠けたら今の考えには至っていませんし、
本当に全てのひとに感謝です。

今のメイン事業として、物販事業とコンサルティング事業ですが、
今後も同じことをし続けているかはわかりません。

そのとき、その時代、今ご縁があるひとにたいして
一番価値を提供できるのは何か?

ということを考えながら、喜んでお金を払ってくれる
お客さんだけを相手に最高のサービスを追求していきたい
と思っています。

これからの時代は何か専門家になるって発想は古くて
そのときの時流に合わせて、色々なジャンルを横断できる
ひとが求められています。

超一流なんて目指さなくても1.5流で大丈夫です。

ただ、僕が色々な方の教えを受けた中でも、素晴らしい経営者の方は
共通して、視座が高いし、泥臭い試行錯誤を沢山してきている人ばかりですし、
今も尚、新しいことに挑戦して、泥臭い試行錯誤をしています。

結局、長く成功し続けるコツがあるとすれば、

”泥臭く試行錯誤し続けること”

に集約されるのかなと思います。

たくさん本を読んだり、たくさんセミナーに参加したとしても
結局は、そこで言われたことを泥臭く愚直に実践していかなければ
成果を得ることはできません。

でも、これは僕が特別才能があるとかではなくて、
誰でもできることです。

僕が数多くの経営者に学んで、世界が広がり、
やるべきことが見えてきたように、僕についてきてくれる
クライアントの方には、広い視座を持ってもらって、
天命を全うして欲しいなと思っています。

せっかく、恵まれた日本に生まれてきて、天文学的な確率で
僕に出会って、何かしらのご縁ができるというのは偶然ではない
と思っています。

また、今では、この4年前から運営しているブログ経由で知り合って
かれこれ、3年以上の付き合いになる方も出てきているし、同じ町に
住んで毎日顔を合わせている方も出てきているので、本当にインターネット
は大きな可能性を秘めているなと思っています。
(ビジネスパートナーとして、一緒にビジネスをしている人もいます。)

今、このストーリーを読んでくれているあなたも
何ヶ月後にかは同じようになっているかもしれないことを
考えると楽しみですね。

それでは、第二章は以上になります。

ありがとうございました。

次章では、大学生にして起業していた僕が公務員への
就職と独立に迷っていたころの話をしたいと思います。

続く・・・

第三章・・・就職と独立への迷い

 

第三章 就職と独立への迷い

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

 

大学3回生の春から早めに予備校に通い、公務員試験の勉強をしていた
僕は順調に成績を伸ばしていき、無事に大学4回生の夏には複数の
公務員試験に合格することができました。

直前期は毎日、朝から晩まで勉強をしていたので合格して当然かもしれません。

しかし、勉強を続けながらも、本当にやりたいことは公務員の仕事なのか?

という疑問は常に持っていました。

周りの公務員志望の友達を見ていても本当に公務員の仕事をしたい
と思って就職している人は1割くらいだったと思います。

ほとんどは、「安定しているから」という理由で目指している。

テストに合格し面接でちょっと話すことができれば、
強い信念なんてなくても入れてしまうのが公務員です。

僕は当時、テレフォンアポインターの電話営業の仕事をしていて、
その会社で一位の成績をだしチーム運営をしていた経験もあり、
自分には営業のような1対1でコミュニケーションを取る仕事や人に
教える仕事が向いているんじゃないか?

という思いもありました。

チームを運営してマネジメントして結果を出していくのは
楽しかったし時間を忘れることができました。

僕が教えることでどんどん成長していくメンバーを見ている
とお金に変えれない価値があるなとも感じていたのです。

逆に僕は細かいことが苦手だし、記載ミスとか多いのでなんと
なく事務は向いてないなと思っていましたが、
まあ、公務員くらいだったらできるだろうと安易に考えていました。

その当時は自己分析を大してすることもなく公務員になると安泰という
世間一般的な常識に安住して、みんなと一緒に勉強していることに
安心を覚えていたのかもしれません。

営業なんていつ首にされるかわからないし激務そう
だから辞めておこう。

その程度の考えだったと思います。

また、当時、既にビジネス・投資・公務員試験対策と
3つを同時並行に進めていた僕にとっては全く異なった
世界観にやや混乱していた面もあります。

僕の大学の友達・公務員予備校の友達・家族は
「公務員になれるなんて成功者だな!
自分で投資やビジネスするなんてリスクが大きすぎる!」

というのです。

投資家やビジネス仲間は
「公務員なんて薄給で今後も待遇が悪くなるところに就職する意味がわからない。
自分でビジネスや投資したほうが楽しいし自由に生活できる!」

というのです。

公務員に合格することで家族や親戚は大喜びでした。

しかし、素直に喜べない自分。。。

こんな葛藤をしながら、当時のビジネスの先生には
「社会勉強になるから一度就職するのも悪くないよ。」

と言われたこともあり、就職するという選択を選びました。

副業になるとマズイので法人を設立し親を代表者にして
ビジネスと投資はこっそり続けていました。

就職するという選択を選んだものの一生勤めあげる
つもりは全くありませんでした。

もう少し自分が納得いくレベルまで知識・技術ともに成長すれば
退職すればいいだけだ!

と自分に言い聞かせていた気がします。

そんな中途半端な気持ちで入庁が決まりました。

これを読んでいるひとは客観的にみると「向いてないから違う仕事探したらいいのに~。」
と思うからもしれませんが、実際に自分の身に起こると
論理的に判断ってできていないものです。

日本の教育ではジェネラリストが優秀とされる傾向があります。

苦手な科目があっても全体をまんべんなく成績を上げないと
合格しにくいような試験が多いですよね。

そして、協調性があることを良しとし、突出した能力を持っていたとしても
協調性がないとダメだという烙印を社会からは押されることが多いでしょう。

人口の10%の人たちにはそういった社会が適応しているのかもしれませんが、
実は90%の人たちは自分の個性を押し殺して無理やり自分を作っている場合が多いです。

「自分がやっていて本当に楽しいこと」
を仕事にするなんて夢物語でしかないと潜在的に
思っているはずです。

しかし、人間は統計的に向き不向きがあり、向いているところでは力を
発揮できますが、不向きなところでは、どんなに努力しても突出した
結果は出ないようにできているのです。

性格やタイプがあるので、

・あるひとの成功法則が他のひとの成功法則に当てはまるとは限りません

そこを理解していないと無駄な方向に努力している人が多いです。

自分の本当のコアに気づく前に精神がすり減って行く
人生を歩んでしまうことになりかねません。

もし、今のあなたの仕事がやっていて精神がすり減るような
感覚があり、熱中できていないなら、向いていない仕事を
選んでいる可能性が高いです。

それは社会にとっても大きな損失だと思うし、
みんなが自分のコアに気づいて、
やりたいことに全力を注げる人生にして欲しいです。

本当にやりたいことなら、毎日働きまくっていても全然、
精神はすり減る感覚はないはずです。

むしろ、やればやるほどアドレナリンが出まくって
充実していると感じることでしょう。

きっと人生の中でもそういった場面が
何度かあったはずです。

そういう体験をしているひとは自分のコアを
発見しやすいかもしれません。

ある人にはそれが投資かもしれないし、
ある人にはそれが教育者なのかもしれない。

僕が向いていると今感じているのは教育者です。

投資やビジネスも勉強したので無難にできますが、
それが一番向いているとは思っていません。

そういう勉強した知識をみんなに伝えている瞬間が
一番自分が充実していると感じています。

だから、こんな長文でも苦痛を感じずに楽しく
書き続けることができるんですね。

この世の中で、仕事をしている人には以下の4パターンのひとがいます。

1、自分の天職を全うしていて、現実的にも恵まれている人
2、自分の天職を全うしているが、現実的にも恵まれていない人
3、自分の天職を全うしていないが、現実的にも恵まれている人
4、自分の天職を全うしていなくて、現実的にも恵まれていない人

人生における満足度は・・・

1>2>>>3>>>>>4

という感じです。

経済的に豊かであると感じているかどうかは、
その人の生活レベルにもよるので、絶対的な収入の目安が
あるわけではありません。
(持ち家があり、自給自足の生活をしていて、
収入をほとんど必要としない田舎のおばあちゃんは農業を
しているだけで幸せということはありえます。)

もし、あなたが「4」の仕事をしているなら
思い切って退職する計画を立てた方がいいです。

一度しかない人生で精神的にも現実的にも大きな不満を
感じながら定年まで働くなんて苦痛すぎます。

「3」は優秀なひとでしょうから、今の仕事を続けていても
食べていくのには困りませんが、これでも不幸だと思います。

人間は精神的な満足が思い出に残り、
死ぬときには良い人生だったと思えるからです。

「2」の人は今の在り方を貫けば、いずれ
現実的にも満たされる道は見えてくる可能性はあります。

しかし、どんなに良い仕事をしていても、
”価値を伝える努力”を怠っていると報われずらく
なります。
(そうすれば、良いことをしたいと思っている経営者に
資金提供してもらえるかもしれませんしね。)

もしくは、良い物を広めていきたいと思っている
経営者とパートナー関係を結んで、価値を広めても
いいですしね。

僕に相談してくれてもいいですし、
別に僕以外でもいいです。

是非、精神的にも経済的にも豊かな「1」を目指しましょう。

「1」に自分がいると思う人は、是非、
「2」~「4」の人を「1」に導いてあげてください。

世の中が「1」のひとばかりの方が楽しくないですか?

ちょっと長くなりましたが、次回は公務員として入庁した後、たった一年で退職するまでを話していこうと思います。

第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職

 

 

 

第四章 公務員への就職とたった1年間での退職

目次

序章・・・MASAHIROが自由をどのように手に入れたのか。
第一章・・・逆境からの下剋上の誓い
第二章・・・年収1億円を超えるメンターとの出会い
第三章・・・就職と独立への迷い
第四章・・・公務員への就職とたった1年間での退職
第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い
第六章・・・経営コンサルタントの小田真嘉さんとの出会い
第七章・・・羽賀ヒカルさんとの出会いと楠葉移住計画

 

 

課長!ちょっとお話があるのですが・・・

朝のロッカールームに課長が毎朝8時にくることを知っていた僕は
7時半からカバンに潜ませた退職届を提出するために休憩室で
課長を待っていました。

不思議なもので、たった1年間しか働いていないはずなのに、
公務員を辞めるということに漠然とした恐怖心を抱いていました。

この時は既に生活するには十分な収入を得る力はありましたが、

「本当に辞めて大丈夫なんだろうか?」

という不安は完全に消えることはありません。

大学生活は文系だったこともあり、かなり気楽な毎日を過ごしていた僕は、
朝7時に家を出て18時まで拘束されるということに本当に耐えれるのか?
と入庁前には思っていました。

実際に、最初の3か月は頭痛がしたこともありましたし、
色々と気を遣うことが多すぎて、
さっさと辞めたいな~と思っていました。

しかし、半年も続けているとその生活にも慣れてきて
人間関係も生活リズムが整ってきました。

人間は本当に慣れていくものなんだな~
と自分でも感心しました。

ただ、仕事を続けていてもどこか本気になれない自分がいました。

早く帰って投資の勉強したり、ビジネスの勉強したいな~。

本当に安い固定給のためだけに働いているような感覚を覚えました。

もちろん、公務員として働いている人は僕よりも
優秀で尊敬できる人もたくさんいました。

そういう人は公務員の仕事に本当にやりがいを感じていて、
仕事にプライベートに充実しているようでした。

サラリーマンでもそうやって自分のやりがいを感じる
仕事をしている人は続けるべきだと思います。

しかし、8割くらいの職員のひとは実際には安定しているから
選んでいるだけで、やりがいを感じているという様子はありませんでした。

どこか仕事をしても目が死んでいるな~
という人も少なくなかったです。

仕事に対する愚痴が多かったり、無駄に上司に気を遣う
風潮が僕には性分に合わなかったのでしょう。

入庁して半年くらいしたときからは
「早く辞めたい。」

という思いが一層強くなりました。

公務員をしながらビジネスや投資をやっていても良かったのですが、
僕には公務員を続ける意味すら見えなくなってきました。

これって社会勉強になっているのだろうか?

「こんな中途半端な気持ちで続けていても
何も得るものはないのでは?」
と疑問に思ってきました。

そして、僕が教育者として尊敬できる人がいるのですが、
その人に、個人面談をしてもらって退職を決意した言葉がこれ。

「進路を迷ったときは常に自分の成長する道を選ぶべき。」

公務員をもう少し続けるか、独立して必死に頑張るかを
迷ったときにもらった言葉でした。

僕にとって、公務員をもう1年続けることと、独立して今やりたいことを
貫き通したときにどっちが自分にとって成長できる道かを考えたとき
に答えは決まりました。

漠然とした安定にすがりついていても、いつまで経っても
突き抜けることはできないなと感じたからです。

辞めた瞬間に全てが上手くいかなくなったとしても、
テレマのアルバイトしながら何度でも挑戦すればいい!

やれるだけやってみよう!

と決心することができたのでした。

それでも、いざ退職届を課長に渡すときは緊張しました。

面接で落とされていたら入庁すらしていなかったはずの仕事ですが、
たった1年間、毎日のように出勤しているとそれが
生活の一部になってしまうようです。

辞めるということがこんなに不安になるとは思いもしませんでした。

課長に提出された退職届が人事課に回ったあとで、
お世話になった先輩や同期に退職するということを
伝えていきました。

どの人に伝える時も緊張しましたね。

自分の中で課長に退職届を出した瞬間に覚悟はできていたので、
辞めること自体は吹っ切れていましたが、それでも緊張はします。

僕が同期の人に3月で退職することを告げたのが、
2月末でしたので、かなり驚いていました。

しかし、もう退職届を提出したことを伝えると止めることは
できないなと思ったのか、気持ちよく応援してくれました。

最後の1か月間も態度を変えることなく送り出してくれた
職場には大変感謝しています。

辞めたあとも同期の友達とは交流がありますし、
今でも仲が良いです。
(今でも同窓会に誘ってくれたりします。)

そして、4月からは完全な自由と大きな責任を
伴う新たな生活がスタートしたのでした。

続く・・・

第五章・・・経営者としてのNEXTSTAGEへの誘い